イラストレーターのアトリエノート

イラストレーター城谷俊也のブログ。水彩画イラストで描いた作品や仕事実績をご紹介!

1980年は、立川現代美術研究所で過ごした

タチケン1 


■立川現代美術研究所とは
なんとも素朴で飾り気のないこの冊子は
38年前、私が在籍していた『立川現代美術研究所』という
これもなんとも怪しげで訳のわからない名前の美大受験予備校の
入学案内です。

今でこそ『立川美術学院』といって一つのビルにまとまった
ちゃんとした予備校って感じですが、当時はスーパー「いなげや」の
屋上に無理やり立てたような掘建小屋が校舎で
モチーフとして飼われていたニワトリやウサギが走り回る
なんとも素朴な予備校でした。

それでも美大合格率は90数パーセントを誇り
特に武蔵美には圧倒的に強い予備校でした。

■合格率90パーセント!
当時、競争率が平気で10倍越えが並ぶ美術大学は本当に難関。
そこに90パーセント以上の合格率で入れるのだからスゴイ!!と
田舎から上京してきた私にとっては神様のような学校に見えたものです。

まあ、あとで見てみるとこの合格率は重複合格を含むので
一人で何個も受かる学生がいるので合格の総数は
在籍者に近くなるというトリックで、全く合格率なんて
ものじゃないわけですが…(笑
まあでも建物は素朴でしたが、なかなか密度の濃い
良い指導をしてくれる予備校だったと思います。

これは私だけではなく、在籍した多くの者からも
『タチケン、よかったよね〜』などの声を聞くことからも
伺えます。(※立川現代美術研究所(通称『タチケン』)

たちけん2


■Kくんという友達について
ここから私は、某美術大学のデザイン科に進みます。
競争率は16倍だったので、よく合格できたと思います。

同じ『タチケン』から同じデザイン科に合格して
同じクラスになったKくんとは、学生時代の4年間を経て
社会人になってからも公私ともに付き合える友人となりました。

私がイラストレーターになってからも、彼は広告代理店の
デザイナーとして仕事をまわしてくれました。
ありがたいことです。

ところが長い付き合いの末、Kくんは5年前に癌を患い
他界してしまいます。
学生時代から30数年の長い長い付き合いでした。

亡くなった年には、盛大な『偲ぶ会』を開催し
彼の作品のスライド動画をYoutubeにアップしたり
しましたが、長い年月の中連絡を取れなかった人々も
多くいたように思います。




■同窓会をしよう!
最近になって、その中の一人がKくんの死を知り
「Kくんのために、何かしたい」といって
私のところに連絡をよこしました。
彼も同じように「タチケン」で一年を過ごした同窓生です。

『タチケン(デザイン科)の同窓会をやろう。
そしてそこでKくんと僕たちの作品を展示しよう。』

でも、大学や高校と違って予備校の場合は
名簿なんかも残ってないし連絡を取るのが大変です。
細い糸をタグて人を探すのですが、なんせ38年の月日が
糸をたやすく切ってしまいます。

特に在籍当時、Kくんと親しくしていた人の連絡先が
全くつかめません。彼が下宿していた『トウバラ荘』という
アパートの住人に関しては、皆苗字くらいしか分からず
成すすべがありません。

彼の作品を展示して、一番見せたいのは彼と親しくしていた
『トウバラ荘』の皆さんなんですが。

ーーー

そんな中でも、現在10人ほどの方が参加の名乗りを
あげてくれています。
中には大阪からわざわざこちらまで(会場は神奈川県の
あずみ野ですが)足を運んで下さる方も数名いらっしゃいます。
参加のご連絡を頂ける方は、皆さん感謝の意を表してくださいますが
それだけの人が集える企画に育てられるかが、悩みの種です。

7月8日の開催に向け、可能な手を尽くして
同窓生の皆さんを探していくつもりです。
今回の企画が、1980年にタチケンで過ごしたみなさんとって 
実りのあるものになることを、心より願って止みません。

もし万が一、何かの拍子にこの文章がタチケン同窓生に
届くという奇跡がありましたら
どうぞご一報をお願いしたいと思います。

よろしくお願いいたします。



城谷俊也





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